知古嶋芳琉です。 安岡先生の教えの中には、「論理が一番危うい」という考えがありまして、「なんでも理屈さえ通れば人を動かせるか」というわけであります。
これに対して安岡先生は「情理」というものを大切にされます。 要するに人の人情のことでありまして、魂を揺さぶると言いますか、意気に感じるところがなければ、どうにも腑に落ちない。会議や打ち合わせなどで理屈を並べて人を説得してもその理屈だけでは人は動かせるものではないということです。 この特性は、日本人には特に顕著でありまして、多くの欧米の民族には、結構、この理屈だけで割り切れる民族がいてその違いが、ビジネスの現場でも何かとトラブルと申しますか、西洋人と日本人を同じ会議で議論させても、西洋人は納得しているが、日本人は、あまりにも理屈一点張りでは納得がいかず、会議の途中でちゃぶ台返しをやってしまったというようなお話しも、洩れうけたまわる今日この頃であります。 昔から「感動」という言葉はありますが、「理動」」という言葉はありません。人は心に感じるものがあって、心に響くものを感じて、動くものであります。このように、人の心の作用とは、複雑微妙なものであります。現代においては、このような人の心の作用の研究も次第に進化してまいりまして、人を思うように動かす研究も、かなり進んでおります。
昔は、このようなことは何かと精神論が先行いたしまして、具体的な技術の開発にまでは至らなかったのでありますが、昨今では、その技術もかなり再現性のある高度なものになってまいりました。 私が身につけた「コーチング」もその技術の一つですが、お客さまに、ちょっとした「コーチング」のコツを教えてあげただけで、指示待ち族で、自分で考えたり工夫をしなかった部下が、いそいそと自発的に動き出して、驚異的な成果を上げたという例ならいくらでもあります。その技術の伝授の方法にしても、ただ理屈を教えるのではなくて、このあとにご紹介する安岡先生の「禅」のお話しにも出てまいります、「自得」なり「体得」させることに、そのヒントがございます。
このような技術の開発については、アメリカ人が非常に突出したものを持っておりまして、進取の気質とでも申しましょうか、開拓者魂のようなもの、そういうものに長けているようであります。
前置きが長くなりました。ここでご紹介いたしますのは、安岡正篤師の講話録、『知命と立命』(プレジデント社)の「東洋哲学の妙味」の一節です。
−−−ここからは引用です−−−○ 東洋哲学の妙味 <天人相関的思惟> 東洋哲学と西洋哲学を比較研究してみると、いろいろなことが明らかになるが、こういうことは知っておくとよろしい。これも、ものを考える大前提、学問をする前提であります。大所高所に立てば、人間のことはすべて共通で、西洋哲学も東洋哲学も同じことである。しかし差別に即すると、天地万物一つとして同じ物はない。それぞれ違う。それぞれ違いながら同(どう)じておる。そこに宇宙・人生の妙味がある。神秘がある。
だから同じ面に即すれば、いわゆる同観すれば「万物は一つ」である。差別に立てば、異なる面からみれば、ことごとく「独自」である。 そこでそういう差別観から見ていくと、東洋には東洋、日本には日本のいろいろ面白い個性がある。東洋哲学の個性的な妙味はいろいろありますが、その大きな特徴を一つ言いますと、「天人相関的思惟」にある。言い換えれば、自然と人間とを一如して見る(一つのものとして見る)。自然と人間を一貫して考える。人間本位に言うならば、人間を自然に溶け込ませて観察し、思索する。人間の中に自然を見、自然の中に人間を見る。
人と自然と渾然一体となって観察し認識する。そういう特徴を持っている。 これに比すると、西洋のほうは常に自然と人間を分ける。自然から人間を分かつ。どこまでも自然から人間を派生させる傾向を持っている。 <東西の相違> ドイツの歴史的作家の一人にワイセという人がいる。この人の格言がドイツ人の間でよく愛誦されている。私が第一高等学校にいる時分に、ユンケルという、いかにもドイツ人らしい剛毅朴訥(ごうきぼくとつ)なドイツ語の先生がいた。
我々がよく怠ける。
エスケープといって出欠を取られるときに代返を使うと、それを先生はよく知っていて、あるとき全員がえらく叱られた。与えられた宿題を一向にやってこない。「この次やります」などと言ってみんなが逃げたら、そのときに、「わがドイツにはこういう格言がある。
短くてすぐ覚えられるから皆よく覚えろ」と言って、「明日やる、明日やると言って、明日になれば、また明日やる、まあ今日だけは、と、いつでも怠け者は言うものだ」。 いかにもそうです。
「明日やろう、まあ今はいいだろう、止めとこう」と。この詩を覚えさせられて、宿題をごまかすとこれを暗誦させられたもんだ。 私が宿題をやっていかなかったら、引っかかってさっそくやられたが、「そんなことはつまらん」と言ったら、ユンケル先生目玉をむいて怒った。
「何がつまらんか」と。「それはごもっともだけれども、我々東洋の文学、哲学的な考え方から言うとつまりません。東洋人はもっと風流に、もっと文芸的に言います」。「どう言うんだ」。そこで、「明日ありと思う心のあだ桜、夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは」 これは翻訳がなくて弱ったね。「あだ桜」なんていうのはどうも翻訳ができない。それを英語やドイツ語やらチャンポンでなんとか説明した。「明日ありと思う心のあだ桜」明日桜を見に行こうなどというのはだめだ。
今夜半に嵐が吹くかもしれない。
すると桜は一晩で散ってしまう。
それは同じことなんだ。そっち(ワイセの格言)はただ理屈を言っている。
ごもっともだけれど面白くない。
そこを東洋人は「明日ありと思う心のあだ桜」人間のことを自然の春の桜の景色にたとえて、そこに嵐を持ってきて、「夜半に嵐の吹かぬものかは」と言えば、どんなつむじの曲がった奴でも「なるほどな」と感心し、納得する。ところが反抗期の若者には「明日やる、明日やると言って、明日になれば、また明日やる、・・・」と言ったって「なにぬかしやがる」と反抗するだろう。そこに東洋流と西洋流の非常に違うところがある。「むっとして帰れば門の柳かな」なんてうまいね。むっとして帰ったら、女房の面がしゃくにさわってひっぱたいたなんていうのは文学にもならない。むっとして帰れば門の柳が春風に揺れて、いかにも春の柔和な姿である。というふうに、人間からすっと自然に入る。自然からほのかに人をのぞかせる。
「そこもとは涼しそうなり峰の松」という芭蕉門下の各務支考(かがみしこう)の句がある。お前さんは涼しそうだね。我々は下界で有象無象の間でまごまごしておるからよけい暑い。峰の一本松は超然としているからいかにも涼しそうだ。「人間は超越するに限る」と言ったのでは気障(キザ)だが、「涼しそうなり峰の松」と言えば、「そうだ、そうだ、おれも、あんな馬鹿どもを相手に、ばたばたしておったのではしょうがない」という気になる。これは東洋哲学の一つの特徴です。それを鍛え抜いて生かしたのが禅というものです。それは理屈で考えたり、理屈で答えない。
身体で考えて身体で答えを出すのです。つまり、「自得」が問題なのです。
<無住心> 私の好きなお経の中に「金剛経」というのがある。このお経は儒学者もよく読む経典の一つです。この金剛経に関して、長安の青龍寺というお寺のなんとかいう名僧が権威のある註釈を書いている。この青龍寺というお寺は弘法大師の師匠の慧果(えか)という人のお寺で、日本からはこのお寺に弘法大師以来、ずいぶん名僧が行っています。この青龍寺は金剛経の名所で、その後、弘法大師や傳教大師とほとんど同じ頃の人で、周何某という人がいて、この人が周金剛と呼ばれるくらい金剛経に達していた。 その頃、湖南から浙江、福建へかけて禅が非常に勃興した。周和尚は四川省の人であったが、新興宗教の禅に納得がいかず、好敵手を求めて論破してくれんものと意気込んで、青龍寺の金剛経註釈をかついで、禅宗の本場の湖南に出かけた。その途中、腹が減って茶店に寄ったところが、婆さんがいて、そこにモチがある。
「そのモチをくれ」と言った。
中国ではお八つのことを点心という。人間が疲れたときにちょっと一杯飲んだり何かつまむと気分がふっと変わるでしょう。それで文字の国だけあって、お八つのことを「点心」という。
「点心をくれ」と言ったら、その婆さんは大変なしろもので、「和尚さん、今あなたは点心をくれとおっしゃったが、見ればたいへん荷物をかついでおられるが、いったいなにが入っておりますか」と聞いた。「これは長安青龍寺の有名な金剛経の註釈だ」。すると、「そうですか。あなたは金剛経をおやりですか。それでは伺いたいが、お返事ができればモチを差し上げましょう。できなければ、よそへ行ってください」と言う。えらいことをいう婆さんがいたものだ。和尚びっくりして、「いったいなんだ」と言うと、「その金剛経の中に、過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得ということが書いてある。
今点心をくれとおっしゃったが、何の心を点じようとなさるのか」と、こう言われて、ぐっと詰まって返事が出ない。 それから考えた彼は、おれは田舎婆にも及ばない。
田舎の婆さんがこれだけ勉強している。論語読みの論語知らず。金剛経読みの金剛経知らずだったと。それで従来のすべて一切を捨てて、無心になって龍潭禅院の崇信和尚に参じた。この「無心」ということが金剛経の眼目でる。それを論語読みの論語知らずで、気がつかなかった。「応(まさ)に住(じゅう)する所無くして而(しこう)してその心を生ずべし」。これを「無住心」という。
老婆のひと言によって、彼ははじめて悟った。そして龍潭禅院の崇信和尚に参じたのである。 <一灯公案> ある晩、遅くまで和尚が師の坊に参じていたとき、師の僧が、「もう夜もだいぶ更けた。帰って休まぬか」というので、「ありがとうございます」と言って縁に出てみたら真っ暗である。明るい部屋から急に暗がりへ出たものだから、全然見えない。そこでまた引きかえして、「外は真っ暗です」と言った。すると、師匠が手燭をつけて「これを」と差し出した。「ありがとうございます」と、それを受け取って出ようとしたとき崇信禅師がフッとその火を吹き消した。
そのとき彼はハッと気がついた。
それからだんだん自得することができたという。 言葉で教えない。言葉で教えたら、理屈になるから、不良少年でも門前の小僧でも覚える。そんなものではダメである。世の中の学者がつまらない原因は、だいたいそこにある。学者などというのは、いろいろ本を読んで覚えればいいんだ。学校生活がつまらないというのは、いろんな先生の講義を聴いて、ノートを取って、それを暗記して、二時間か三時間の試験のときにそれをざっと書いたら修士とか博士とかいうものになれる。そんなふうにして得たものは、いわゆる『口耳三寸の学』というやつで、人間の体になっていない。
自得というのは、体にならなければならない。体でつかまなければならない。 生理学でいうと大脳皮質というものがある。そこには何段もあるらしいが、だんだん後になるほど大脳皮質が活動してくる。人間はオギャーと生まれたときから、だいたい脳細胞は大人と同じだけのものがある。これは本能や人間の体になっておる精神活動を司る。その裏側は人間のいわゆる知識だの思想だのというもの、薄っぺらな上っ調子なものである。それが本来の脳細胞と統一されると、「体になった」という意味がある。
それには、ちょっと本屋で覚えたようなインスタント知識ではダメである。やはりいろいろ病気をしたり、叩かれたり、滑ったり転んだり、年季を入れて叩き大工が十年も二十年もやるようなもので、叩き込まなければダメである。 私などは七つのときに四書五経をやりだしてから五十年。六十四歳の今日(昭和36年)に至るまで叩き込まれて、自分で叩き込んできたから、やや体になっておる。そこは駆け出しの小僧とは違う。諸君も同じことだ。叩き込まなければいけない。一つのことを叩き込んだらすべてのことに通ずる。
雑識・博識というのはダメだ。 ところで、今の周和尚と崇信禅師の話だが、外は真っ暗で途方にくれて、いわゆる文目(あやめ)も分からないから引き返してきた。(文目(あやめ)も分からない:暗くて物の模様や区別がはっきりしないさま)提灯を渡されて喜んで、提灯に頼って「これさえあれば・・・」と思ってまた出て行こうとしたら、フッとその火を消された。「これさえあれば・・・」ということがなければ放っておいたでしょう。この「これさえあれば」という、頼むものを取り上げねばならない。ということは、つまり、「絶対的自己を得る」ことで、借り物ではいけない。そこでわざわざ提灯を貸してやって、「ありがとうございます。これさえあればもう大丈夫」と思ったとたんにフッと消す。
<東洋の哲人・王敬文> この頃の思想家・学者も同じです。キリスト曰く、孔子曰く、やれ釈迦曰く、マルクス曰く、スターリン曰く、毛沢東曰く、そんなことをみな借り物でやっている。
それをフッと消す。つまりその人物を本当に自得させる。これが東洋哲学の行き方です。
だから東洋の本当の学問をやった人、いわゆる悟道し、道を修めた哲人は、西洋の哲学者と非常に違う。西洋の哲学者は、人物が本当に磨かれて、学問と同じように人間が出来ているという人は、非常に少ない。知識や教養は豊かで洗練はされていても、いわゆる ?/p>
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だからそういう人で発狂したり、神経衰弱になったり、自殺したりというような例が多い。まあソクラテスとかマルクス・アウレリウスとか、ギリシャ・ローマの哲人などは非常に東洋的な者がいるが、近代になるほど西洋の思想家・評論家・学者など、人間としては他愛がない人が多い。 死という問題を見ても、東洋の哲人には偉い人がある。
王敬文という晋の大臣がいるが、この人などは暴君から毒盃を与えられた時に囲碁を打っていた。ところが彼は命令者が来ると、ちゃんと囲碁を打ち終えて、おもむろに毒盃を取り、平然として囲碁の相手に、「これはお客には差し上げられぬ」と言って、盃をあおって悠然として亡くなった。そうなると生死一如である。
そういう事例がたくさんある。
<慈雲尊者> 私の好きな慈雲という、真言宗の名僧がいる。大和(やまと)の葛城(かつらぎ)の人だが、亡くなるまで講義をしておられた。行灯(あんどん)をつけて経を講じておられて、その中に、いわゆる生命の灯が消えかかってきて、本が見えなくなってきた。生命の灯が消えかかっていることを和尚はまだご存知ない。それで侍者を呼ばれて、「油させ」と言われた。小僧は行ってとにかく油を足した。しばらくしたら、また「暗い、油させ」と、もうご本人は目が見えない。生命の灯がまさに消えかかっているのだから。
「はて、さっき注いだばかりだが・・・」と、小僧が見ると、まだいっぱいある。それで「和尚さま、油はまだいっぱいでございます」と言ったら、「ああ、そうか」と言われて「禅家では坐脱立亡(座ったまま亡くなったり、立ったまま死ぬこと)とやらをやられるそうじゃが、わしがのは横になるじゃ」と、お釈迦さまのように横になってそのまま亡くなられたという。
おもしろい死に方だね。 <無心ということ> こういうふうにして天地悠々たるところが東洋哲学の一つの特徴である。その天人相関を第一とすれば、自得を旨とするのが第二の特徴ということができるだろう。その次は、いわゆる自得に徹すれば「無心」。「無の心」である。「心なし」ではない。雑念がない。散乱心がない。
遊離心がない。無心である。つまり、世間の人間はそのために煩悩し、そのために惑い、そのために縛られ、そのために悩む。そういう煩悩、妨げ、あるいは修羅(しゅら:醜い争いや果てしのない闘い、また激しい感情のあらわれなどのたとえ)の妄執(もうしゅう:妄想がこうじて、ある特定の考えに囚われてしまうこと、またはその状態を指す。ある特定の主義・思想に感化され同調することは誰にでも起こりうることだが、妄執の場合には、その対象となる妄想自体が根拠や妥当性に欠けるために、客観的に見て甚だ困った状態に陥ることになる。)などというものを解脱する。これがこの心にある。 そんな煩悩、妄執で出世するのではなく、地位を作ったのではない。
政治家が派閥闘争をやっさもっさとやって、「大臣をおれのところは三名」「いや、おれのところは二名」、「おれを大臣にしなければ承知せん」なんて、そんな地位ではない。革命家のように、一切を無視し、いかなる犠牲を払っても政権を獲得するというのも、妄執の一つだが、そんなものではない。
自然である。
つまり、天人相関、自然と一つで無心である。ぜひお願い申し上げる。あるいは、自分がならなければどうにもならないという、私欲でやるのではない。体勢、已むに已まれずして、初めてやる。つまり、自然になればよろしい。その地位も必要がなくなれば、いつでもさっと去る。これがいわゆる素行である。金も自然にできるのならできる。
その代わりに自然に散ずる。何にも執着というものを止(とど)めない。
知識でもそうである。地位や財産ばかりでなく、知識にも執着しない。 <隠居入道> これが東洋流の学問の仕方である。本当に自分を作って、ご用があればお役に立てる。ご用がなくなったらさっさとご免こうむる。必要があれば人間のために、世間に留まってご奉公する。必要がなければさっさと世間を去って自然に没入する。昔の人はそういうことが分かったんだね。
分かったから隠居入道した。 富貴の地位、つまり支配的・指導的地位にいつまでもしがみついていることは芳(かんば)しからぬことである。
いい歳になったら早く後継者にその地位・財産を譲って、真実の生活に入るべきものである。
これを入道という。入道というのは坊主だけと思っているのが多いが、そうではない。「道に入る」のが入道である。昔は歳が四十になると、若い者に後を譲って、さっさと現実の支配的地位から隠居入道した。封建時代は地位身分が固定しておるからいい社会政策だね。平清盛まで入道した。浄海入道なんてね。この隠居入道思想は明治初年まであった。
この頃はいくつになっても隠居入道しない。この隠居入道思想が今日普及したら、若い者はまた元気を出して、世の中は活発になると思う。こういうのが東洋哲学の特徴である。そこで分析主義、分派主義、専門主義で枝葉末節に分かれていって、そこにあらゆる疎外が始まる。お互い同志的理解がなく、分裂闘争ばかりやる。西洋の思想界、哲学界、宗教界、芸術界、みなそうだがそれがいつとなく東洋の文化、東洋の精神、東洋の哲学に憧れて、これを追究するようになってきたのは、今いったような理由からです。 だから若い人は、これから偉大なる社会的活動をやろうと思えば思うほど、自得しないといけない。自分がどれだけの人物であり、どれだけの力量があるか、自分がどれだけ真実の社会活動ができるかということの基本問題である。
自分の出来栄えに応じてそれだけの活動ができるのです。それを自分を疎外し、自分から遊離して、いわゆる位に素(そ)せずに、ただ社会の移り変わりに幻惑され、いろいろの野望を持ったところで、それは空虚である。そこに人間として、特に青年として一番大事な自覚を要する根本問題がある。 また、こういう大衆的頽廃社会にあって、少しでも人物が出来た者があれば、社会は敏感です。決して捨ててはおかない。だから自己に沈潜するということが最も社会活動に有効なる、実は近道であるといえる。しかしそれをあまり言うと功利的になる。 こういうことは、おそらく一番の根本精神というべきでありましょう。
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